スポーツは、人々の心身を健全に育み、地域社会に活気をもたらす力を持っています。特に、障害の有無にかかわらず誰もが参加できるパラスポーツは、共生社会を実現するための重要な鍵となります。静岡県では、長年にわたり障害者スポーツの振興に力が注がれてきました。その中でも、卓球は手軽に始められることから多くの人々に親しまれています。
本記事では、静岡県における障害者卓球の中核を担う「静岡県障がい者卓球協会」の歴史と活動を紐解きながら、特に先進的な取り組みで注目される浜松市の事例を深く掘り下げます。さらに、県全体の推進体制や将来構想にも触れ、スポーツを通じた共生社会の実現に向けた静岡県の現在地と未来像を描き出します。
静岡県障がい者卓球協会の概要と歴史
静岡県における障害者卓球の普及と発展は、静岡県障がい者卓球協会の存在なくして語ることはできません。その設立から現在に至るまでの歩みは、多くの人々の情熱と努力の結晶です。
設立から現在までの歩み
静岡県障がい者卓球協会は、1992年(平成4年)5月10日に「静岡県身体障害者卓球協会」として発足しました。設立には、後にNPO法人富士宮市スポーツ協会から優秀指導者として表彰される村松力氏らが尽力し、障害者卓球の輪を広げるための礎を築きました。発足当時の会員数は35名でしたが、その活動は着実に広がり、令和4年度(2022年度)には75名にまで増加しています。
その後、身体障害だけでなく、知的障害や精神障害など、より幅広い障害のある人々が参加できる組織を目指し、現在の「静岡県障がい者卓球協会」へと名称を変更しました。この名称変更は、協会が目指すインクルーシブな姿勢を象徴しています。初代会長の故・桃井仁氏から現在の鈴木努会長へと引き継がれる中で、協会は県内の障害者卓球を牽引する存在として成長を続けています。
活動内容と共生社会への貢献
協会の主な活動は、卓球競技を通じて障害のある人々の運動機能の向上と体力増進を図り、社会参加を促進することです。その目的を達成するため、多岐にわたる事業を展開しています。
- 各種大会の開催: 定期的に「静岡県障がい者卓球さわやか交流大会」などを主催し、選手たちが日頃の練習の成果を発揮する場を提供しています。これらの大会は競技力向上だけでなく、選手同士や支援者が交流を深める貴重な機会となっています。
- 卓球教室と強化練習: 初心者から上級者まで、レベルに応じた卓球教室や強化練習会を開催しています。専門の指導者が丁寧に教えることで、誰もが安心して卓球を始めることができます。
- 全国大会への派遣: 静岡県障害者スポーツ大会「わかふじスポーツ大会」の予選を兼ねることもあり、優秀な選手を全国障害者スポーツ大会へ派遣しています。
これらの活動は、単に卓球の技術向上を目指すだけでなく、参加者が協調性を養い、目標に向かって努力する喜びを知ることで、より積極的な社会参加へと繋がることを目的としています。協会は、卓球というツールを用いて、共生社会の実現に大きく貢献しているのです。
浜松市における障害者卓球の活発な展開
静岡県内でも特に浜松市は、障害者卓球の活動が非常に活発な地域として知られています。行政、地域団体、教育機関、そして民間企業が連携し、多層的な支援体制を構築しているのが特徴です。
多様な活動団体と練習拠点
浜松市では、様々な障害種別に対応した卓球クラブが活動しています。その代表格が、視覚障害者卓球(サウンドテーブルテニス、STT)を行う「浜松STTクラブ」です。20代から60代までの約10名のメンバーが、週に一度、浜松市福祉交流センターに集まり、音を頼りにボールを打ち合う練習に励んでいます。このクラブの存在は、視覚に障害があってもスポーツを楽しむことができる環境が浜松に根付いていることを示しています。
練習場所も充実しています。上記の福祉交流センターに加え、2019年11月に開設された聖隷三方原病院の「地域障がい者総合リハビリテーションセンター」に併設されたアリーナは、障害者が気軽にスポーツを行える専用施設として地域に開放されており、卓球にも利用されています。医療機関がパラスポーツの拠点を担うという先進的なモデルは、リハビリから生涯スポーツへのスムーズな移行を可能にしています。
聖隷三方原病院のアリーナは、障害者スポーツの専用施設として、車いすバスケットボールや卓球など様々な競技に利用されています。平日の夜間や土日祝日に地域へ開放されており、障害のある人々にとって貴重な活動の場となっています。
出典: 聖隷三方原病院 地域障がい者総合リハビリテーションセンター
地域に根差した交流と教育の推進
浜松市の取り組みは、練習場所の提供にとどまりません。地域全体でパラスポーツを支える文化が醸成されています。例えば、聖隷クリストファー大学では、学生がボランティアとして「浜松STTクラブ」の練習に参加し、ボール拾いやラリーの相手を務めています。これは学生にとって障害理解を深める貴重な学びの機会であると同時に、クラブにとっては活動を円滑に進めるための大きな助けとなっています。
また、浜松市は「オリンピック・パラリンピック・ムーブメント全国展開事業」の一環として、市内の小中学校とブラジルのパラリンピアン(卓球選手を含む)を繋ぐリモート交流会を実施しました。子どもたちがトップアスリートと直接交流することで、パラスポーツへの興味関心を高め、多様性を尊重する態度を育む教育的効果が期待されています。
浜松から世界へ:選手の活躍とそれを支える技術
こうした恵まれた環境の中から、全国レベルで活躍する選手も生まれています。浜松市所属の選手は、全国障害者スポーツ大会や東海ブロックの大会で優秀な成績を収めています。例えば、サウンドテーブルテニスの東海ブロック大会では、浜松市の選手が男女ともに上位入賞を果たしており、その実力の高さを示しています。
さらに、浜松市のものづくり技術がパラスポーツを支えている点も見逃せません。市内の企業である橋本エンジニアリングは、パラリンピックの車いすテニスや車いすラグビー用の競技用車いすを開発・製作しています。世界で戦う選手たちのために、軽量で高剛性なマグネシウム合金製の車いすを追求するその姿勢は、「乗る喜びを極める」という理念のもと、浜松のものづくり精神とパラスポーツが見事に融合した事例と言えるでしょう。
静岡県全体のパラスポーツ推進体制
静岡県障がい者卓球協会や浜松市の活発な活動は、静岡県全体の強力なパラスポーツ推進体制によって支えられています。県は、誰もがスポーツに親しめる共生社会の実現を目指し、多角的な施策を展開しています。
中核を担う静岡県障害者スポーツ協会
県のパラスポーツ振興の中心的な役割を担っているのが、公益財団法人静岡県障害者スポーツ協会です。同協会は、静岡県からの委託を受け、以下のような幅広い事業を実施しています。
- 静岡県障害者スポーツ大会「わかふじスポーツ大会」の開催: 毎年開催されるこの大会は、県内在住の障害のある人々にとって最大のスポーツの祭典です。卓球を含む多くの競技が実施され、全国障害者スポーツ大会への出場選手選考も兼ねています。
- 全国大会への選手団派遣: 「わかふじスポーツ大会」で選ばれた選手たちで構成される選手団を、毎年全国障害者スポーツ大会へ派遣し、強化合宿の開催などで競技力向上を支援しています。
- 各種スポーツ教室の開催: 重度の障害がある人も参加できる軽スポーツ教室や、競技別の専門的な教室を県内各地で開催し、スポーツを始めるきっかけを提供しています。
「静岡型障害者スポーツセンター」構想と未来
静岡県は、パラスポーツ振興の新たな拠点として「障害者スポーツセンター」の整備を進めています。しかし、これは一つの巨大な専用施設を建設するものではありません。県の構想は「既存施設ネットワーク型」と呼ばれ、県内にある市町や民間の既存施設をネットワークで結び、それらの機能強化を図るというユニークなアプローチです。
この構想の司令塔として、以下の組織が設立され、すでに活動を開始しています。
- ふじのくにパラスポーツ推進コンソーシアム (2023年8月発足): 自治体、競技団体、企業、医療機関、教育機関など、パラスポーツに関わる全ての関係者が連携するための官民連携組織です。
- ふじのくにパラスポーツ情報センター (2023年11月開所): 県内のパラスポーツに関する情報(活動場所、イベント、指導者など)を一元的に集約・発信し、誰もが必要な情報にアクセスできる環境を整備します。
この「静岡モデル」は、令和8年度(2026年度)中の本格業務開始を目指しており、地域の実情に合わせた持続可能なパラスポーツ振興体制として、全国的にも注目されています。
指導者・ボランティア育成の現状と課題
パラスポーツの裾野を広げるためには、活動を支える「人」の存在が不可欠です。静岡県では、静岡県障害者スポーツ協会が中心となり、指導者の養成に力を入れています。日本パラスポーツ協会公認の「初級パラスポーツ指導員」の養成講習会を毎年開催しており、令和4年度時点での県内登録者数は872人に上ります。しかし、グラフが示すように、コロナ禍の影響で講習会の定員が絞られた時期もあり、登録者数は近年横ばいで推移しています。今後は、東部や西部など県内全域での講習会開催を広げ、指導者の数をさらに増やしていくことが求められます。
また、「ふじのくにスポーツボランティア」の登録も進められており、パラスポーツのイベントや教室での活躍が期待されています。指導員やボランティアといった人材をいかに確保し、活動の場で効果的にマッチングさせていくかが、今後の大きな課題です。
共生社会の実現に向けた展望
静岡県障がい者卓球協会の30年以上にわたる地道な活動は、卓球というスポーツを通じて、多くの障害のある人々に生きがいと社会参加の機会を提供してきました。その活動は、浜松市のように行政、医療、教育、産業が一体となった先進的な地域モデルを生み出し、県全体のパラスポーツ推進体制という大きな枠組みの中で、さらに発展しようとしています。
「静岡型障害者スポーツセンター」構想が目指すのは、物理的なハコモノではなく、人と情報が繋がる「ネットワーク」です。このネットワークが県内全域に張り巡らされたとき、障害の有無や住んでいる場所にかかわらず、誰もが当たり前にスポーツを楽しみ、支え合うことができる環境が整うでしょう。
静岡県障がい者卓球協会のラケットの一振り一振りが、浜松市の地域ぐるみの応援が、そして県全体の未来を見据えた構想が、着実に共生社会の扉を開いています。スポーツの力が、静岡県の未来をより豊かでインクルーシブなものへと変えていくことは間違いありません。


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