障害や病気を抱える家族に対して、「早く社会復帰してほしい」「安定した仕事に就いてほしい」と願うのは、ごく自然な気持ちです。しかし、その強い想いが時に本人を追い詰め、かえって就職を遠ざけてしまうことがあります。多くの支援現場で、「本人のペースを尊重すること」の重要性が繰り返し語られています。本記事では、なぜ焦りが禁物なのか、そして家族はどのように関われば本人の力を最大限に引き出せるのかを、専門的な視点と浜松市の具体的な情報を交えて解説します。
就労支援において、ご本人が安心して就労に取り組むためには、家族のサポートが非常に重要です。しかし、無理に進めようとすると、かえってプレッシャーになってしまいます。大切なのは、焦らず、本人のペースに合わせてサポートを行うことです。
焦りが逆効果になる理由:心理学から見るプレッシャーの影響
家族からの「早く」という期待は、善意からくるものであっても、本人にとっては大きなプレッシャーとなり、心理的に様々な悪影響を及ぼす可能性があります。
「社会的治療」から「社会的呪い」へ
心理学には「社会的アイデンティティ」という概念があります。これは、人が組織や集団の一員であると感じることで自己を定義し、安心感や幸福感を得るという考え方です。家族という最も身近な集団からのサポートは、本来、本人の心を支え、回復を促す「社会的治療(social cure)」の役割を果たします。
しかし、過度な期待やプレッシャーは、この関係性を逆転させてしまいます。本人が「家族の期待に応えられない自分はダメだ」と感じ始めると、家族という集団に所属していることが苦痛になり、「社会的呪い(social curse)」として機能し、健康や幸福感に害を及ぼす可能性が指摘されています。
自信の喪失と挑戦への恐怖
就職活動は、誰にとっても成功と失敗の連続です。特に障害や病気を抱えている場合、体調の波や特性による困難が伴うため、一歩進むのに時間がかかることも少なくありません。そんな中、「まだ決まらないの?」といった言葉や焦りの態度は、本人の自己肯定感を著しく低下させます。
失敗を過度に恐れるようになり、新しいことに挑戦する意欲そのものを失ってしまうのです。結果として、就職活動が停滞し、社会から孤立していくという悪循環に陥りかねません。就労移行支援の現場では、まずこの失われた自信を回復させ、小さな成功体験を積み重ねることから始めるケースが多く見られます。
「本人のペースを尊重する」とは?家族ができる具体的なサポート
「本人のペースを尊重する」とは、単に何もしないで見守ることではありません。本人が主体的に、そして安心して前に進めるような環境を整えるための、積極的な関わり方を意味します。
家族が心がけたい3つの基本姿勢
専門家や支援機関は、家族のサポートとして以下の点を挙げています。
- 本人の意思を聞き、引き出す
「こうした方がいい」と一方的に指示するのではなく、「あなたはどう思う?」「何から始めてみたい?」と問いかけ、本人の意思決定を促しましょう。本人が自分の考えを言葉にすることで、目標が明確になり、主体性が育まれます。 - 段階的なアプローチを理解する
就職はゴールですが、そこに至るまでには生活リズムの安定、スキルの習得、自己理解など、多くのステップがあります。一足飛びに結果を求めず、今どの段階にいるのかを理解し、その段階での小さな進歩を一緒に喜びましょう。 - 支援機関と連携し、情報を共有する
家族だけで抱え込む必要はありません。就労移行支援事業所などの専門機関は、本人と家族双方の味方です。定期的に支援員と情報共有を行い、家での様子や本人が困っていることを伝えることで、より効果的なサポート体制を築くことができます。
家族がやりがちなNG行動
良かれと思ってしたことが、裏目に出てしまうこともあります。特に注意したいのは以下の2点です。
- 過剰な干渉:就職先や活動のスケジュールに細かく口を出しすぎるのは避けましょう。本人が自分で考え、行動する機会を奪ってしまいます。
- 他人との比較:「〇〇さんはもう就職したのに」といった比較は、本人を追い詰めるだけで何も生み出しません。大切なのは、本人が自分のペースで着実に進むことです。
一人で抱え込まない:就労移行支援というプロの選択肢
家族のサポートは不可欠ですが、就労に関する専門的な知識やノウハウ、企業とのネットワークには限界があります。そこで頼りになるのが、障害者総合支援法に基づく福祉サービスである「就労移行支援」です。
就労移行支援が提供する専門的サポート
就労移行支援事業所は、一般企業への就職を目指す障害のある方に対し、個別の支援計画に基づいて多角的なサポートを提供します。利用期間は原則2年で、就職後も最長3年半の定着支援を受けられる場合があります。
- 個別支援計画の作成:一人ひとりの特性や希望、課題に合わせて、目標設定から具体的な訓練内容までを盛り込んだ計画を作成します。
- 職業訓練プログラム:ビジネスマナー、PCスキル、コミュニケーション訓練など、働く上で必要なスキルを体系的に学びます。事業所によってはITやクリエイティブ分野など専門的なプログラムも提供しています。
- 心理的サポート:公認心理師や精神保健福祉士などの専門家が在籍し、カウンセリングを通じてメンタル面の安定を支援する事業所もあります。
- 就職活動支援と企業連携:履歴書の添削や面接練習はもちろん、豊富な企業ネットワークを活かして、本人に合った職場を開拓・紹介してくれます。
浜松市で自分に合った事業所を見つけるには
浜松市内にも、特色の異なる多数の就労移行支援事業所が存在します。事業所選びは、その後の就職活動を大きく左右する重要なステップです。
- 情報収集を行う:まずはインターネットで「就労移行支援 浜松市」などと検索し、各事業所のウェブサイトを見てみましょう。最近では、浜松市内の就労支援事業所情報をまとめたのようなサイトも開設されており、情報収集に役立ちます。
- 市のイベントに参加する:浜松市では、障害のある方の就労をテーマにしたなどのイベントが開催されます。多くの事業所がブースを出し、直接職員と話せる絶好の機会です。
- 大手・総合型か、特化型か:全国展開している大手事業所(例:LITALICOワークス、ウェルビー)は、豊富なプログラムと高い就職実績が魅力です。一方で、特定の障害やスキル(例:IT、発達障害)に特化した事業所もあり、自分の目的に合わせて選ぶことが重要です。
- 見学・体験を利用する:気になる事業所が見つかったら、必ず見学や体験利用を申し込みましょう。事業所の雰囲気、スタッフとの相性、プログラムの内容などを自分の目で確かめることが、後悔しない事業所選びの最大のポイントです。
まとめ:焦りから信頼へ、共に歩む就労への道
家族の「早く就職してほしい」という願いは、愛情の裏返しです。しかし、その想いを伝える方法を少し変えるだけで、本人の力強いサポーターになることができます。焦りを手放し、本人のペースを信じて寄り添うこと。そして、家族だけで抱え込まず、就労移行支援のような専門家の力を借りること。それが、本人が自分らしく、そして長く働き続けるための最も確実な道筋となるでしょう。
浜松市には、あなたとご家族を支えるための多くのリソースがあります。まずは一歩、相談することから始めてみてはいかがでしょうか。
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